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函館地方裁判所 昭和45年(ワ)119号 判決

原告

竹中一男

被告

真狩製菓株式会社

主文

1  被告は、原告に対し、金一三二万円および内金九〇万円に対する昭和四三年一一月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

4  この判決は、かりに執行することができる。

5  被告において、金七〇万円の担保を供するときは、仮執行を免れることができる。

事実

第一、当事者双方の申立て

一、原告の申立て

1  被告は、原告に対し、金二〇〇万円および内金一五〇万円に対する昭和四三年一一月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二、被告の申立て

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決を求める。

なお、仮執行宣言が付されるときは、担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。

第二、請求の原因

一、事故の発生

原告は、次の交通事故(以下本件事故という。)により受傷した。

1  発生日時 昭和四三年一〇月三一日午前一一時五〇分頃

2  発生場所 千歳市栄町六六五番地先国道(以下本件道路という)

3  加害車 普通貨物自動車(登録番号函四ふ五一九二号)(以下本件加害車という。)

4  右運転者 訴外 斎藤力

5  被害者 原告

6  事故の態様 原告が普通乗用自動車(以下本件被害車という。)を運転して、本件道路を南から北へ進行し、横断歩道直前で一時停止中、本件加害車が本件被害車の後部に追突した。

7  結果 (一) 原告は、右追突のため頸部に衝撃を受けて頸椎鞭打ち損傷の傷害を負つた。

(二) 原告は、本件事故当日から昭和四四年一月一八日まで苫小牧市三上外科病院に入院加療し、さらに同年八月一九日まで同医院で通院加療を受けたが、なお専門医の精査、加療を必要としたので転院した。

(三) 昭和四四年八月二〇日札幌医大付属病院に入院し、同年一〇月一三日退院した。

(四) その後、同年一〇月一四日より苫小牧市西川整形外科医院に通院加療を受け、昭和四五年二月一八日治療を終つた。

二、責任原因

被告は菓子の製造販売等を目的とする会社であるが、本件加害車を所有し、これを斎藤力に運転させて、自己の営業のため運行の用に供していたものであるから、その運行によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

三、損害

1  休業損害 金三〇万円

原告は、昭和一四年五月一九日生で、本件事故当時苫小牧市の北旺運輸株式会社に勤め、年額金六〇万円を超える給与等を得ていた。原告は、本件事故による受傷のため休職し、その間給与は支給されず、昭和四四年五月三一日右会社を解雇された。原告は、本件受傷による治療の終つた昭和四五年二月一九日以降も通常の労働にたえられる程度に回復せず、職を得ていない。

原告は、本件事故による休業損失分として被告から昭和四三年一一月一日から昭和四四年八月まで一カ月金六万円あて受け取つたので、同年九月一日から昭和四五年二月末日まで一カ月金五万円として金三〇万円が休業損害となる。

2  慰謝料 金一五〇万円

原告は、前記入院および通院期間中相当の精神的苦痛を受けたほか、本件事故に基く休職を理由に解雇され、また治療の終つた現在もなお軽労働が可能な程度で適職を得ることができず、将来にも大きな不安があり、慰謝料は金一五〇万円が相当である。

3  弁護士費用 金二〇万円

弁護士費用としては金二〇万円が相当である。

四、よつて、原告は、本件事故による損害賠償として金二〇〇万円および内慰謝料金一五〇万円に対する本件事故の翌日である昭和四三年一一月一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告の答弁

一、請求原因第一項のうち1から6までの事実は認める。7のうち(一)から(三)までは認めるが、(二)の実通院日数は一三八日である。(四)は西川整形外科の加療を受け終つたことは認めるが、通院日数は知らない。

二、請求原因第二項の事実は認める。

三、請求原因第三項の事実は争う。ただし、被告が合計金六〇万円を支払つたことは認めるが、これは本件事故による損害金の内金として支払つたものである。

四、原告の本件事故による受傷に基く障害は、昭和四四年五月一杯で治ゆし、同年六月からは稼働可能となつた。また、本件事故の受傷と関連性を有する後遺症は存在しない。

第四、証拠〔略〕

理由

一、事故の発生

請求原因第一項のうち1から6までの事実は、当事者間に争いがない。

二、責任原因

請求原因第二項の事実は、当事者間に争いがない。してみれば、被告は本件事故により原告が蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

三、損害

1  〔証拠略〕を総合すれば、次の事実が認められる。

原告は、本件事故により頸部に衝撃を受けて意識障害をおこし、直ちに現場付近の田中外科に入院したが、同日夕方苫小牧市の三上外科医院に入院し、昭和四四年一月一八日まで八〇日間入院して治療を受けた後、同月一九日から同年八月一九日まで通院治療を受けた(実通院日数一二三日)。同医院では、むち打ち損傷と外傷症神経症と診断されたが、入院当初は、頭痛、めまいが著しく、後頭部、頸部、両肩にかけ疼痛があつた。療養中食思不振、全身倦怠、脱力感、不眠、視力障害、記銘障害等の不定愁訴が多く長期間に持続したので、薬物、理学療法を継続したところ症状が全般に軽減したことが認められ、昭和四四年六月以降症状が固定した状態であつた。原告は、退院時に医師から働いた方が良いとすすめられたが、病状に不安があつたので、同年八月二〇日から同年一〇月一三日まで札幌医科大学円山分院に入院して、精密検査および経過観察を受けた。同分院では、気脳撮影、脳波検査、知能検査、MASテスト、内田、クレベリン精神作業検査等の諸検査の結果神経学的には著変を認めないが、精神状態は不安、心気的傾向が強く、意欲自発性の低下が存在すると診断された。その後、原告は、同年一〇月一五日から昭和四五年二月一八日まで苫小牧市の西川整形外科において頸部捻挫の診断で通院治療を受け、同年二月一八日治癒と診断され、後遺症は特にないとされた。原告は、同年五月末日まで仕事を休み、同年六月一日から土建会社で土工として働き、通勤には自動車を運転して一日四・五キロメートル走つている。

以上の事実を認定することができ、この認定に反する証拠はない。

以上認定の事実に〔証拠略〕を総合すると、札幌医科大学円山分院における診断の時点では、本件事故と因果関係のある脳の障害は認められず、また本件事故によるむち打ち損傷は、昭和四四年六月には一応症状が固定したものと認められ、その後の症状は外傷性の神経症であつて、原告の精神状態がその原因の大きなものとなつていると認められる。これらの原告の症状と本件事故との間の因果関係について考えてみると、右のむち打ち損傷が本件事故と相当因果関係があることは明らかであるが、神経症については、本件事故による傷害が直接の原因であるとはいえないかのようである。しかし、神経症の原因である原告の精神状態自体も本件事故の結果現出されたものであり、また、むち打ち損傷の結果神経症となる事例が必ずしもまれでないことは当裁判所に顕著な事実であるから、上記のような症状も本件事故によつて通常生ずることが予想されるところというべきであり、神経症の原因が他にあることについて特段の立証がない本件においては(被告は、原告の先天的な素地である異常性がその原因であると主張するが、証人紀国裕の証言によつてもこの主張事実を肯認するに足りない。)、右の神経症によつて生じた損害も、それが社会通念上通常その発生が予見されうる限度では、本件事故と相当因果関係があるものとしてその賠償を命じるべきである。そうして、本件においては、事故における傷害の態様および神経症の内容、程度に照らして、少なくとも原告が西川整形外科を退院した昭和四五年二月一八日までの間の損害については、事故との相当因果関係を肯認すべきものと考える。

2  以上の事実を基礎として、原告の損害について判断する。

(一)  休業損害

〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故当時苫小牧市の北旺運輸株式会社に勤務し、年額金六〇万円を超える給与等を得ていたこと、原告は本件事故による受傷のため右会社を休職し休職期間中の給与等は支給されていないこと、昭和四四年五月三一日休職期間満了により解雇されたこと、その後も昭和四五年五月までは就労することなく同年六月一日から土建会社に勤めていることが認められ、この認定に反する証拠はない。被告は、昭和四四年六月以降は稼働可能であつたと主張するが、前記認定のように、昭和四四年六月以降は症状が固定したというにとどまり、その後も神経症等のため札幌医科大学円山分院や西川整形外科に入院または通院していたのであつて、その間は稼働不能であつたものと認められる。したがつて、昭和四四年九月一日から昭和四五年二月末日までの一か月金五万円の割合による休業損害金三〇万円を求める原告の主張は理由がある。

(二)  慰謝料

原告が前記認定のような期間、治療のため入院および通院したこと、その間における症状、本件事故に基く休職を理由に解雇を余儀なくされたこと、現在一応治ゆしたものと診断されて土建会社で働いているが、自己の健康について精神的な不安が残つていること等を考えあわせると、本件事故によつて原告が蒙つた精神的苦痛に対して支払われるべき慰謝料としては金九〇万円が相当である。

(三)  弁護士費用

弁護士費用のうち、被告に対し賠償を求めることのできる額は、前記認定の休業損害と慰謝料の合計金一二〇万円の一割に相当する金一二万円と認めるのが相当である。

四、結論

よつて、原告の本訴請求のうち、三で認定した金一三二万円および内慰謝料金九〇万円に対する本件事故の翌日である昭和四三年一一月一日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言および仮執行免脱宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 今井功)

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